日本人がこよなく愛する(?)「肉まん」。いつ頃から日本に入って来たのでしょうか。今をさかのぼること75年前の大正4年のことです。新宿中村屋の社長 が、上海に行き「包子」(ぱおず)とめぐり合い、それを工夫すること約2年、日本で「支那まんじゅう」として売られるようになりました。いまや年間売上 800億円、国民1人当たり年7個食べられる「肉まん」のルーツ「包子」はいつ出来たのでしょう。
歴史はさらにさかのぼります。日本人が大好きな「三国志」、この中に次のような話があります。劉備玄徳の命で南蛮王を攻めた諸葛亮孔明は、荒れた大河の前 に立ち往生しました。地元の者を呼び「この川はどのように渡れば良いか?」と尋ねると「20人の子どもの頭を落とし、川の神にささげれば川は静まります」 と20人の子どもを連れてきました。「そんな野蛮なことが行われているのか」と孔明は驚き・憂い・悩み、一考し、小麦粉を持ってこさせると、それを水で 練って、子どもの顔くらいの大きさの塊を20個作りました。「以後はこれを川の神にささげなさい」と言い「饅頭」(まんとう)を川に投げ込むと、川は静ま り返りました。饅頭→包子→肉まんの脈々としたルーツでありました。

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